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福岡高等裁判所 昭和43年(う)178号 判決 1968年6月14日

被告人 宗武

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中六〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人出雲敏夫提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎに示すとおりである。

一  控訴趣意第一点(法令の解釈適用の誤の主張)について

所論は、原判示第一の(二)の(2) および(3) の各所為は、死者の占有を否定する理論をとればもとより、かりに時間的場所的にこれを緩和する見解によつても、該財物の占有者だつた原判示大森孝の死亡後、前者は一六時間、後者は四九時間経過してから、しかも殺害死亡とは隔絶した別個の機会にあらたに生じた財物取得の意思に基づいて行われたものであるから、もはや死者大森孝に依然該財物の占有を認めるによしないと解すべきであり、さればこれを占有離脱物の横領と認定処断するは格別、窃盗罪と認めて該当法条を適用した原判決は、法令の解釈適用を誤つたというほかはない、というのである。

よつて所論に鑑み記録ならびに証拠を精査検討するに、原判示第一の(二)の(2) (3) の犯行が行われた福岡市春吉二丁目三街区一五号の二階第一アパート一一号室は、かつて被告人も数年間同居したことのある大森孝の居室で、被告人が妻帯して他に転じた後は同人がひとりで起居生活をしていたところであり、昭和四一年九月一五日午後二時過ぎ被告人の原判示第一の(一)の犯行により殺害されて死亡した後も、被告人がこれに施錠し、その鍵を自から保管し続けていたため、同月一八日午後八時過ぎ不審を抱いた管理人の通報により、警察官において破錠開扉して発見するまで、そのまま遺体として存在していたところである。そして被告人がその間原判示各日時に右鍵をもつて開閉して搬出した原判示各財物は、生前大森孝が購入愛用していた同人所有のもので、その死後も従前の状態において右室内に存置されたままになつていたものである。本件犯行の具体的事情はこのとおりであり、しかも被告人ひとりはこれを知りつくしていて、その機に乗じこれを利用し、恰かも無人の野を往くが如く、易々諾々として該財物を搬出したことが明らかである。かように被告人は自から該財物に対する占有離脱の原因となつた大森孝の死を惹起したのみならず、これを判然認識しつつ、これを利用して本件所為に出たのであるから、かかる被告人に対する関係においては、その具体的情況にてらし、死にいたらしめた行為との場所的同一性はもとより、その時間的近接性をも肯定し、被告人の利用意図の介在を加え、かくて全行為の一連不可分性を容認して、該財物に対する大森孝の占有は、その死により忽然としてその保護を絶止せらるべきではなく、その保護を継続的に本件搬出当時まで、その死後に及ぼし、本件所為を奪取と認定しても、あながち社会通念に反し、刑法的評価に牴触し、所論のような非難に耐ええないものとは考えられない。大森孝の殺害死亡と無縁無関係な第三者の同種行為が、被告人と異別に評価認定されることになつても、それはむしろ当然のことに属し、決して叙上の解釈を覆滅し去りうるものではない。しからば原判決が被告人の本件所為を窃盗罪にあたるものとして、刑法第二三五条を適用処断したことに、法令の解釈適用の誤は存しないといわざるをえないので、論旨は理由なきに帰する。

一  控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、原判決の刑の量定が重きに過ぎて不当であるというのであるが、記録ならびに証拠に現われている本件各犯罪の動機、手段方法、結果、ことに原判示第一の(一)の殺人たるや、これを避止することがさして困難であるとは思われないのに、却つて執拗に攻撃を重ねて、死への転帰を確実ならしめ、多少の非難は免れないにせよ大森孝の貴重な生命を奪つたものであり、その(二)の(1) ないし(3) の各窃盗もまことに冷酷無情悪質極まるもので、しかもその質入れによつて得た金は、あげて飲食遊興の資にあて、また第二の腕時計にしても警察の差押状況にてらし、必ずしも被告人の弁解するが如く偶発的にして単純な一時的詐取とは思われないこと、被告人の年令、性格、素行、経歴、ことに被告人が少年時代非行を重ねたばかりでなく、昭和三四年以降本件にいたるまで七度も前科(窃盗、傷害、脅迫)を積んでいること、その他犯罪後の情況など諸般の情状にてらせば、被告人の生い立ちや現在の生活環境に同情の余地なしとしないこと、被害者大森孝や萩尾昭の側にも落度の存すること、その他所論の諸点を十分参酌考量しても、原判決の量刑はまことに相当であつて、所論のように重過ぎるものとは認められない。この論旨もまた理由がない。

そこで刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、当審における未決勾留日数の本刑算入につき刑法第二一条、訴訟費用の負担の免除につき刑事訴訟法第一八一条第一項但書を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 厚地政信 淵上寿 伊東正七郎)

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